理念

当道場では、「安・楽・清・明」(安らかな心・楽しい心・清々しい心・明るい心)を基本ポリシーとしています。

禅には「安楽の法門」という言葉があり、また神道には「清明心」という言葉があります。心が安定する事、心が楽しい事というのは大変重要で、亡くなった師・山口清吾先生がかつて、本当に真剣になるということは、それを本当に楽しむことだ、というような事を仰った事を覚えています。

また、道場とは心が清められ、清々しくなる場でもあります。道場とは、己自身を見つめ己自身を磨き上げていく場だと考えています。ここに集うことにより、清々しい心になって毎日を過ごせるようにと願って、清心館道場と名付けました。

心が明るいということは、大変重要ですが、これは結果だと思っています。安らかな心で、毎日を真剣に取り組み(=楽しい心)、清々しく過ごせるなら、必ず明るい心になります。

武道(合気道・剣術等)においては、少人数制による、一人一人の能力に応じた木目の細かい指導を本旨としており、とくに、初心の段階では、このことが特に大事だと考えています。

さらに、段階を追っていく事により、武道の本質を誰であれ、修得していくことが可能であると確信し、稽古・指導をおこなっております。

また、現代の忙しい人にとって、ともすれば忘れがちな自らの心を、静かな環境の下で見つめなおす場としての坐禅会を、当道場で開催します。

当道場で禅に取り組むのは、坐禅が武術に役に立つから、といった武術の向上のための手段として禅を考えているからではありません。私自身の考えとして、武道で追求するものと禅で追求するものが、アプローチに違いがあるものの本質において共通すると認識しているからで、どちらからアプローチしてもよく、あるいは両方でアプローチしてもよいと考えています。要は、個人の肌合いの良い方から入っていけば良いのではないでしょうか。

私にとって、武道と禅に共通する言葉は「己事(自)究明(こじきゅうめい)」であり、また「人々ゆたかにそなはれりといへども、いまだ脩(しゅう)せざるにはあらはれず、証(しょう)せざるにはうることなし。(道元禅師『正法眼蔵』)」です。

坐禅に関して言えば、ストレスマネジメントが強く関心を持たれる現代人にとって、お寺さんの厳格なきまりと宗教色のある本来の坐禅とは別に、形式にとらわれないこのような場をひととき持つことは意味ある事と考えています。

武道と禅いずれを通してでも、この道場に来ることにより、清々(すがすが)しい心になって、大変なポテンシャリティーを持つ自分自身というものを心身両面から再発見し、人それぞれが持つ本来の働きを存分に生かすことができたらと考えています。

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